雪月花
私は外に出たことがない。生まれて十年とちょっと、ずっと銀の灰色の建物の中ですごしてきた。皆口をそろえて言う。
『お外は危ないよ!お外に出ちゃ駄目!!』
もっとも、そんなこと言われなくても外に出るつもりなどなかった。
赤茶けてひび割れた大地と、それにへばりつくようにして在る銀灰色の建物。
外に綺麗だと思えるものなどなかったのだから。
・・・その時までは。
○ ○ ○
生まれて十年とちょっととちょっとたった。相変わらず外は汚い。
そんなある日、珍しいことがおこった。
「ユキ、ユキ!外に氷が降っているよ!!」
柔らかく高い声で言ったのは、私のペットの電気羊、ネジだ。私の両の腕に収まるほどの、羊のくせに二足歩行をする、ぬいぐるみみたいな、ふわふわ暖かい子羊。
「氷だって?」
怪訝そうに呟いたのはコロニーの管理人さん。その人を皮切りに、大人たちが続々と唯一ガラス張りであるこのサロンにやって来た。
「ああ、本当だ。」
「寒冷化が進んでいるというのは本当だったんだな。」
「また、生き辛くなるのか・・・。」
天から降ってくる白いものを見上げながら、大人達の表情は暗い。
どうしてだろう?こんなに綺麗なのに。
「―――ネジ、あの白いのはなんと言うの?」
「ん〜アレは、『雪』っていうらしいよ。ユキと同じ名前だね!」
「そう・・・。」
白いそれは、静かに世界を覆っていく。とてもきれいだ。
「外に、出てみたいな。」
初めて思った。初めて望んだ。汚いだけだと思っていた世界で、私は初めて綺麗と思えるものを見つけたのだ!
だけど―――――
「何を馬鹿なことを!」
「お外に出ちゃ駄目だって、いつも言ってるでしょう!?」
「いいかい、あの氷は、空気中の塵やゴミを核にできているんだ。
まだ外にはどんな薬や病原菌がただよってるか知れないのに―――!」
「いいかい、もう二度とそんなことを言っちゃいけないよ。」
大人のうちの一人は、一つ息をついて、吐きすてた。
『アレは、汚いものなんだ!!』
○ ○ ○
――――大人たちが去った後、私はネジを抱きしめて呟いた。
「アレは、汚いものなの?」
「昔は“雪月花”といってね。キレイなものの一つだったらしいけど。」
「―――そう。」
視界が霞んだ。白いネジの綿毛ごしに、白い雪を見る。
なぜか涙がでた。
白い雪 に覆われた世界は、とてもとても美しく見えた。
END